僕は基本、倹約寄りの人間だ。服はほぼユニクロ、日用品はふるさと納税の返礼品でまかない、野菜は義実家からもらう。それなのに去年、540万円の中古車を買った。2人乗りのオープンカー、ホンダのS2000だ。
「節約家なのに矛盾してない?」とよく言われる。でも僕の中では、この2つはまったく矛盾していない。むしろ、僕にとって節約と消費のバランスとは「この矛盾をどう設計するか」そのものだった。今日はそこを深掘りしてみたい。
「我慢型節約」で心をすり減らした学生時代
まず前提として、僕は節約の苦しさをリアルに知っている。学生時代は仕送りゼロ・奨学金なし。近くにスーパーがなくて、ドラッグストアの冷凍食品と野菜で食いつないでいた。食費は月1万円台。
あの頃の節約は、今思えば「我慢型」だった。とにかく全部を削る。安いものを選ぶこと自体が目的になっていて、何にお金を使いたいのかは一切考えていなかった。結果どうなったかというと、お金は貯まらないのに、心だけがすり減っていった。
この経験からたどり着いたのは、「全部を削る節約は続かないし、そもそも意味がない」という結論だ。節約は本来、我慢するための技術じゃない。支出をクレカ一枚に集約して見える化した話でも書いたけど、大事なのは「削る対象を選ぶこと」なんだと思う。
削る基準と、惜しまない基準を分ける
今の僕の節約は、いわば「関心の仕分け」だ。自分が本当は関心を持っていないものを、静かに削っていく。
服のブランドにこだわりはないからユニクロで十分。トイレットペーパーやティッシュに思い入れはないからふるさと納税で調達する。ここを削っても僕の生活満足度は1ミリも下がらない。だから躊躇なく削る。
一方で、S2000は違った。人生で初めて買ってもらったトミカがS2000で、子どもの頃からの憧れだった。しかもJDMカルチャーの影響で、90〜2000年代の国産スポーツカーは軒並み海外に流出して高騰している。「今買わないと一生買えなくなる」と判断した。
ここが僕の考えるバランスの核心だ。倹約で浮かせた余力を、原体験に根ざしたものに一点集中で振り向ける。広く薄く我慢して、狭く深く使う。全部にお金を使う人でも、全部を我慢する人でもない、その真ん中を自分で設計する感覚だ。
数字で決めて、感情で使う
ただ、憧れだからといって感情のまま買ったわけじゃない。買い方は徹底的に数字で詰めた。
頭金200万円+10年ローン(固定金利1.95%)で、月々の返済は17,700円。現金一括にしなかったのは、積み立てている投資信託の年平均リターンがローン金利を上回るなら、手元の現金は投資に残したほうが得だと計算したからだ。維持費も月3万円、税金は年5万円、車検10万円と、事前に全部見積もった。買い方の細かい計算は残クレを選ばなかった理由の記事にまとめてある。
僕のバランスの取り方を一言でいうと、「数字で決めて、感情で使う」だ。使うかどうか・いくらまで出せるかは冷静に計算する。でも、いざ使うと決めたら罪悪感なく全力で楽しむ。納車の日はわざわざ東京まで受け取りに行って、その足で箱根の峠まで走った。あの感動は、たぶん一生忘れない。
もし僕が我慢型節約のままだったら、この買い物は「浪費」として一生禁じていたと思う。でも、削るところを削って余力を作っていたから、堂々と使えた。節約と消費は対立するものじゃなくて、片方がもう片方を支えている。
今日からできること
- 直近1か月のクレカ・銀行の支出を眺めて、「思い入れがないのに毎月出ている固定費」を3つ書き出す(サブスク・保険・通信費あたりが狙い目)
- 逆に「これだけは死んでも削りたくない」出費を1つ決めて、そこには罪悪感を持たないと自分に許可する
節約は、我慢の合計点を競うゲームじゃない。何を大事にして、何にどうでもいいと言い切れるかを、自分の手で線引きする作業だ。その線が引けたとき、削ることも使うことも、どっちも気持ちよくなる。僕にとってS2000は、その線が正しく引けた証拠みたいな存在だ。
※投資に触れた部分について、投資は自己責任であり元本割れのリスクがあります。
この記事を書いた人
しごととお金のラボ 管理人
28歳の組み込みエンジニア。仕送りゼロ・食費月1万円の学生時代からつみたてNISAを始め、資産1,100万円まで積み上げてきました。仮想通貨で10万円全損した失敗も隠さず書いています。派手な儲け話ではなく、「働き続ける不安から逃げるために始めた投資」のリアルを発信中です。
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