去年、少しだけ昇給した。金額でいうと手取りで月1万円ちょっと。うれしかったのは最初の数日だけで、3ヶ月後に通帳を見たとき、僕はぞっとした。残高の増えるペースが、ほとんど変わっていなかったからだ。
昇給した分、なんとなく外食が増えて、欲しかったガジェットを買って、サブスクを一つ足していた。増えたお金は、増えたそばから消えていた。このとき僕は「給与だけで豊かになれるか」を、初めて本気で電卓を叩いて考えた。
給与は「消える前提」で回っている
給与は基本的にフロー、つまり流れて消えていくお金だ。しかも人間は不思議なもので、収入が増えると生活のサイズも一緒に膨らむ。これは意志が弱いとかじゃなく、そういう仕組みだと思ったほうがいい。僕自身、月1万円の昇給を「豊かさ」ではなく、いつのまにか「消費のサイズアップ」に変えていた。
じゃあ給与を2倍にすれば豊かになるのか。たぶんならない。生活も1.8倍くらいに膨らんで、手元に残る感覚はそう変わらない。年収が高いのにお金がない人がいるのは、金額の問題じゃなくて構造の問題なんだと気づいた。
ここで僕がイヤというほど実感したのは、給与そのものより「給与のうち何割を自分の側に残せるか」のほうが、はるかに効くという事実だった。この話は入金力こそ正義、だけど一番しんどいのもそこでも書いたけど、結局そこに戻ってくる。
僕にとっての「豊かさ」は残高じゃなかった
もう一つ、電卓を叩いて出た答えがある。僕が欲しかったのは、たぶん「豪華な生活」じゃない。うわべの人間関係や納期に押しつぶされそうになったとき、「別に辞めてもいい」と思える状態だ。つまり豊かさ=選べる自由。
そして選べる自由は、消えていくフロー(給与)からは生まれない。積み上がって残るストック(資産)からしか生まれない。給与は豊かさそのものじゃなくて、豊かさに変える前の「原料」なんだと僕は整理した。原料のまま消費に流せば消え、ストックに移せば少しずつ自由になる。
だから僕は今、給与を「豊かになる道具」ではなく「豊かさに加工する材料」として見ている。この距離感の話は仕事とお金のバランスって、結局どっちも大事だった話にも通じる。
明日できること:昇給を消費に食べさせない
具体的にやったのはシンプルだ。昇給した月1万円を、給料日の翌日に自動でNISA積立へ回す設定を1回だけ入れた。増える前の生活を基準にして、増えた分だけを丸ごとストック側へ移す。作業は5分、あとは二度と触らない。
これだけで、昇給が「一瞬のごほうび」から「自由に近づく燃料」に変わる。仮に昇給分の月1万円を20年積み続ければ、利回りを控えめに見ても元本だけで240万円、複利がのれば300万円を超える。今の生活レベルを一切下げずに、だ。
給与だけで豊かになれるか。僕の結論は「金額だけ追っても無理。でも、消える前に一部をストックへ逃がせば、給与は自由の材料になる」だった。豊かさは天から降ってくる金額じゃなく、フローをどれだけストックに変換できたか、その割合の話なんだと思う。
※投資は自己責任です。元本割れのリスクがあります。

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