先日、久しぶりにドラッグストアの冷凍食品コーナーの前で足が止まった。学生時代、僕の食生活はここで完結していた。近くにスーパーもなく、駅もなく、バイトは徒歩圏の時給の安いコンビニ一択。仕送りゼロ・奨学金なしで、野菜も冷凍食品もドラッグストアで一番安いものを買う毎日だった。
今はもう、そこで買い物をしなくてもよくなった。でも、あの頃と今を並べて一番強く感じたのは「贅沢になった」ことじゃない。もっと地味で、もっと本質的な変化だった。
あの頃、僕には「選ぶ」という行為がなかった
学生時代の買い物を思い出すと、僕は一度も「どれが美味しいか」「どれが体にいいか」で食べ物を選んでいなかった。基準は1円単位の値段だけ。100円の冷凍うどんと120円のパスタなら、迷わず前者。栄養や好みは、そもそも選択肢のテーブルに乗っていなかった。
これは食べ物だけの話じゃない。お金がないと、人生のあらゆる場面で「選ぶ」という行為そのものが消える。バイトは家から歩ける場所しか選べない。付き合いの飲み会は行くか行かないか以前に、財布が答えを決めてしまう。
今の僕は、2週間に1回はマックやバーガーキングを「あえて」食べるし、普段は妻が作る和食で栄養も取れている。ジャンクフードを食べるのが贅沢なんじゃない。「今日は何を食べようか」と選べること自体が、あの頃の僕には手が届かなかった余白だったと気づいた。
選択肢がゼロになると、判断が壊れる
ここが、今日一番言いたいところだ。お金がない状態の本当の怖さは「ひもじい」ことじゃない。選択肢がゼロになると、人の判断力そのものが壊れることにある。
僕は学生の終わりごろ、仮想通貨のIPOっぽい話に10万円を突っ込んで全損した。冷静に振り返れば、あんなに怪しい話に普段の僕なら乗らない。でも、お金に余裕がないと「これで一発逆転できるかも」という細い糸に、判断力ごと引っ張られてしまう。追い詰められているときほど、変な話は魔法のように光って見える。
だから今、僕がインデックス積立と現金のクッションにこだわるのは、リターンを最大化したいからだけじゃない。「選べる自分」でい続けるためだ。手元にお金の余白があるだけで、変な話が来たときに「別に乗らなくていい」と静かに断れる。この距離感こそが、あの全損から学んだ一番大きな財産だった。この話は食費月1万円だった僕が28歳で1100万円貯めた話にも書いている。
お金は「贅沢」じゃなく「選択肢」を買っている
去年、僕は子どもの頃からの夢だったHonda S2000を540万円で買った。倹約家の僕がなぜ、と聞かれる。でもこれも「贅沢がしたい」んじゃない。ローン金利と積立のリターンを電卓で比べ、家計への影響も数字で確認したうえで、「今なら選べる」から選んだだけだ。あの冷凍食品コーナーの前で値段しか見られなかった僕には、選ぶという行為すら許されていなかった。
贅沢と選択肢は、似ているようで全然違う。贅沢は一度使えば消えるけれど、選択肢は減らないように積み上げていくもの。お金を貯めるというのは、通帳の数字を増やす作業に見えて、実は「未来の自分の選べる幅」を広げる作業なんだと思う。
もし今、お金がなくて追い詰められている人がいたら伝えたい。あなたの判断力が鈍っているのは、あなたが弱いからじゃない。選択肢がゼロだからだ。だからまず、細くていいから「選べる余白」を1本だけ確保してほしい。
今日からできること
- 生活費とは別に、月1万円だけ「使わないお金」を先取りで別口座に移す(これが変な話を断れる余白になる)
- 次の買い物で1つだけ、値段ではなく「自分がどれを選びたいか」で決めてみる。選ぶ感覚を取り戻す練習になる
あの頃の僕が一番欲しかったのは、高い食事でも派手な暮らしでもなかった。「どれにしようか」と迷える余白、ただそれだけだった。今その余白を守るために、僕は淡々と積み続けている。
※投資は自己責任です。元本割れのリスクがあります。
この記事を書いた人
しごととお金のラボ 管理人
28歳の組み込みエンジニア。仕送りゼロ・食費月1万円の学生時代からつみたてNISAを始め、資産1,100万円まで積み上げてきました。仮想通貨で10万円全損した失敗も隠さず書いています。派手な儲け話ではなく、「働き続ける不安から逃げるために始めた投資」のリアルを発信中です。
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